磁場フリー電子顕微鏡の開発
MARS (Magnetic field free Atomic Resolution STEM) は、世界で初めて無磁場環境中での原子直接観察を可能にした次世代の原子分解能電子顕微鏡です。これまでの原子分解能電子顕微鏡では、電子線のレンズとして磁場を用いているため(磁界レンズ)、試料をレンズ磁場中に導入する必要がありました。このレンズ磁場は非常に強力であり(2〜3T程度)、試料そのものの磁気・磁区構造や物理構造を破壊してしまうため、磁性材料の原子分解能観察は長年不可能とされてきました。MARSでは、この問題を克服することを目的として、新型の対物レンズを開発しました。更にこの対物レンズに最新のDELTA correctorを組み合わせることで、2019年に世界で初めて無磁場環境でのサブÅ空間分解能を達成しました。このMARSは、電子顕微鏡の長年の問題を克服し、これまで原子分解能電子顕微鏡観察が不可能であった磁性材料・デバイスに全く新しい解析手法を提供します。

STEM用分割型検出器の開発
SAAF 40 (Segmented Annular All Field Detector 40) はこれまでのSAAFテクノロジーをベースとして、分割数を40とした世界最大分割数を誇るセグメント検出器です。SAAF開発は2006年からスタートし、シンチレータ+PMT形式を採用し、既に、16分割、8分割(商用機 JEOL製SAAF OCTA)の開発実績があります。近年、CMOSやCCD技術を利用したピクセル検出器が盛んに開発されていますが、SAAFは検出スピード、リアルタイム観察、ダイナミックレンジにおいて、ピクセル検出器を大きく凌駕する性能を有しています。40分割にすることにより、既存のSAAF検出器と比較して、定量性、検出効率、像制御柔軟性を大きく向上しました。本検出器を用いて、これまでは不可能であった原子レベルの様々な現象観察、情報抽出に挑戦しています。

原子分解能電磁場結像法の開発
DPC STEM (Differential Phase Contrast Scanning Transmission Electron Microscopy) 法は、物質内部の電磁場分布を実空間観察できる手法として近年大きな注目を集めています。本グループでは、2012年にDPC STEM法を原子分解能化することより、原子内部の電場観察に世界で初めて成功しました[1]。更に2017年には単一原子内部の電場観察にも成功[2]、2018年には電場情報を電荷密度情報に変換することにより、電子雲の直接観察にも成功[3]しています。また、本手法2022年には本手法を反強磁性体ヘマタイトに応用し、原子磁場の可視化にも成功[4]しています。本グループでは、DPC STEMを用いて様々な材料・デバイス研究に応用展開しており、STEM法の新 たな可能性を切り拓いています。


界面電磁場結像法の開発
ヘテロ接合や、粒界などの結晶界面における電磁場は、材料・デバイスにとって非常に重要です。しかし、結晶構造変化に起因する信号が電磁場信号に重なるためこれまで結晶界面の電磁場定量観察は極めて困難でした。本グループでは、結晶界面においても電磁場の定量観察を可能にするイメージング手法を開発しました[1][2]。本開発手法を用いて、結晶界面電磁場がもたらす材料特性発現メカニズムの解明に取り組んでいます[3]。

超高感度STEM結像法の開発
リチウムイオン電池材料やゼオライト・金属有機錯体、生物試料などの電子線敏感材料は、電子線照射ダメージが深刻なことから、電子顕微鏡による原子構造直接観察は極めて困難であると考えられてきました。本グループでは、SAAF検出器やピクセル型検出器を利用して多数のSTEM信号を同時に取り込み、 理論的にもっとも信号ノイズ比が高くなるように画像処理することで、超高感度STEMイメージングを可能にしました。本開発手法を用いて電子線敏感材料の原子構造を直接観察することで、その材料特性発現メカニズムの解明に取り組んでいます。[1][2]

鉄鋼粒界の原子構造解析
鉄鋼材料の特性は、微細組織の制御によって左右されます。中でも、結晶粒の境界である粒界の原子構造を理解することは、材料設計の根幹をなす重要な課題です。しかし、従来の電子顕微鏡では、対物レンズによる磁場の影響により、鉄鋼のような強磁性材料の粒界を原子分解能で観察することは困難でした。当研究室 で開発した磁場フリー電子顕微鏡を用いることで、鉄鋼粒界の原子構造を直接観察することに成功しました。その結果、従来は全く想定されていなかった、原子配列の動的なゆらぎを伴う長周期粒界構造を発見しました。この成果は、鉄鋼材料の開発に資する応用的意義に加え、粒界構造に対する従来の常識を覆すものであり、今後の基礎・応用研究の展開にも大きな可能性を拓くと期待されます。

電子デバイスの電場構造定量解析
高速化、省エネ化が求められる現代の半導体デバイスにおいては、デバイス内部の局所的な電場分布の制御が性能向上において極めて重要です。しかしそのような局所電場分布を高分解能かつ定量的に観察することは極 めて困難でした。そこで本グループではDPC STEMを用いて局所電場の定量化手法の開発を行っています。開発手法を用いて半導体p-n接合の電場分布観察[1][2]や、ヘテロ界面を含む窒化物半導体の電場定量観察[3]に成功しており、電子デバイスの研究開発に大きく貢献しています。

多結晶磁石材料のドメイン構造観察と微細組織設計
高性能な磁石材料の開発には、ナノスケールの微細組織制御が不可欠です。従って、微細組織が磁石特性にどのように影響を及ぼすのかを根本的に理解することが極めて重要です。DPC STEM法は、微細組織観察と電磁場観察を同時に行うことができるため、微細組織と磁性との相関性を理解する上で有力な手法になると期待されています。しかしながら、DPC像には結晶の回折に由来する回折コントラストが重畳するため、電磁場コントラストが不明瞭になるという問題がありました(図左)。そこで本グループでは回折コントラストを大幅に低減するDPC法を開発しました(図右)。この手法を用いて、微細組織と磁性との相関性を根本的に解明し、磁石特性を最大化する微細組織制御指針の構築に挑戦しています。

磁気スキルミオンの構造解析と制御
磁気メモリとしての応用が期待される磁気スキルミオンの直接観察とその制御手法の開発を行っています。材料表面に微小な欠陥構造を形成することで磁気スキルミオン1個 を安定に閉じ込めることに成功しました。

不均一ナノ触媒の局所構造解析
白金に代表される貴金属ナノ粒子をTiO2やγ-Al2O3などの酸化物に担持すると、大きな触媒活性を示すことから、不均一系触媒は有害なCO, NOxガスの非毒化や硫化物の排ガス処理として工業的に広く利用されています。しかし,触媒の活性点や劣化機構あるいは触媒活性の起源などの基礎的な問題については未だ不明であり、触媒材料の新展開にはこれらの問題に対する本質的な理解が必要不可欠です。電子顕微鏡中でモデル触媒を加熱し,原子分解能STEM法により直接観察することで、局所構造変化と触媒活性の関連性について明らかになりつつあります。[1][2]

酸化物粒界空間電荷層の解析
イットリア安定化キュービックジルコニアは、固体酸化物燃料電池の固体電解質として用いられる酸素イオン伝導体です。電解質のイオン伝導度は、結晶同士の界面である粒界の電荷が大きく関わっていると言われていました。そこで界面局所電場定量手法を発展さ せることにより、ジルコニア粒界中の空間電荷層の可視化に成功しました。また、空間電荷層の有無を粒界の原子構造の相関性を明らかにしました。

強誘電体ドメイン壁の電荷解析
強誘電体は次世代デバイスの重要材料ですが、これまで性能を左右するドメイン壁のナノスケール電荷の直接観察は困難でした。そこでOBF STEMによる原子分解能構造観察とtDPC STEMによる電場観察を組み合わせ、強誘電体ドメイン壁を局所解析しました。その結果、Head-to-Head、Tail-to-Tailのドメイン壁において電荷状態およびその分布幅を精密に測定することに成功しました。本成果は、次世代デバイス材料開発を加速させると期待されます。

